新お坊さんの智恵袋

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21年の春彼岸もよう

 「入りぼたもちに、明けだんご」とよく言いますが、その続きがあります。きのう、年配の女性から、「入りぼたもちに、明けだんご、なかの中日あずきめし」と教わりました。人によっては、「なか、おちゅうにち」としたりします。「なかの中日」、「なか、おちゅうにち」というと、ちょっとダブリングな感じなのですが、韻を踏んでいるのですね。
 広済寺では、多くの方が、入りの前に、来てまずお墓のそうじをします。入りから、三々五々、お参りになります。ご本尊さまにおそなえをして、お茶を一服召し上がっていきます。
 だいたいが、本家さんが多いので、親戚がお見えになると、また一緒に来られます。「ここには、おじさん、おばさんのお墓があるんですよ」
「同級生だから、お参りにきました」
とさまざまです。ひとりのかたでも、複数回のご来山となりますから、お彼岸の1週間で、1000人以上の来山があるのです。
 お中日は11時から、合同供養です。今回は、ご葬儀が重なってしまいました。合同供養の日程は動かせないので、お願いをし、午後からにしていただきました。
 寺方のスタッフも、体調を崩して急遽、お休みになってしまったり、故郷でご不幸があったり、予期せぬこともありました。でも、いまは、OUTLOOKの予定表があります。緊急で、変わった予定は、どんどん入れて、調整していきます。まるで、電車に遅れが起きても、ちゃんとダイヤが回復するような感じです。最近では、ほとんど、慌てずに、しっかり対処し、お檀家さんに迷惑をかけることがなくなりました。
 以前は、単に、「この忙しいときに限って・・・」となっていたような気がします。これについて、真剣に考えた時期がありました。
なぜ、忙しいときばかり、緊急の用事が入ってしまうのか?
なぜ、じぶんが感情的になってしまうのか?
統計や確率の勉強がじぶんには足らなかったから、いけないのだろうか?
葬儀の発生には、パラメーターが存在するのではないか?
いや、それは単に偶発的なものにすぎないのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・数字の処理だけのもの、つまり予定管理と逝去日から四十九日までの計算はキカイに任せたのです。いままで、手計算と勘に頼っていたものをなくし、余力をお経の準備や、お檀家さんとの調整に回せばいいのです。
 人間が感情的になってしまう理由は、こうです。
「ものごとが、頭に入ったときに整理がつかなくて、混乱し、不安になってしまう状態になるから」
全然できなかったことが、先生を変えたり、本を変えたり、やり方を変えたら、急にわかるようになることがありませんか。赤が見えやすい人、文字より絵の方が通じる人、・・・受け止め方は、さまざまです。だから、相手によって、わかりやすく、自在に変えるプレゼンがとても大事なのです。そのためには、普段からのおつきあいが大切だと感じています。
 試みに、最近では、お葬式になったとき、お檀家さんには、「現時点から、通夜、葬儀、四十九日法要」までのスケジュールをお渡しています。
 おてらの予定を瞬時にこたえられること。何があっても、予定を組み替えられること。これも、広済寺のスタンダードです。