新お坊さんの智恵袋

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お豆腐やさん

わたしの好きなもののひとつが、お豆腐、油揚げ、厚揚げ、納豆などの大豆でできたものです。京都に出かけたときは、通りで見つけたお豆腐やさんに入って、厚揚げをかじることがあります。大きくて食感がフランスパンみたいなものもあります。秦野には名水があちこちにあるので、いいお豆腐やさんがあります。渋沢駅南口の石井さん、台町の榎本さんなどがそうです。先月末、出かけたのは五右衛門さんです。

▲駐車場にあったポップ。カエルの和のデザイン。センスがいいですね。▼



お豆腐がおいしいのは、言うまでもありません。

わたくしがこのお店屋さんに行くわけは、茨城の舟納豆が買えるからです。伊勢原市仏教会主催の坂東札所めぐり→http://d.hatena.ne.jp/dohgen/20121108で行った茨城で出会った舟納豆。納豆だけで、おいしいおかずになるのです。

ネギのかわりにゴーヤを刻んでみました。

修行時代、納豆は赤いお椀に盛られ、おかずとして出されます。食べ方に作法があって、一度、手に持った赤碗は、全部中味を平らげるまでテーブルにおくことができません。だから、白いごはんと納豆を混ぜ混ぜして食べることができない・・・。その記憶のせいなのか、納豆を白いごはんと一緒に食べるのが贅沢に感じるのです。

すりごまをあえて完成。ごはんがすすみます。

 叔母が昔、豆腐屋を茅ヶ崎でやっていたので、よく厚揚げや豆腐を手土産にもらって、食していました。本当においしい豆腐というのは、プリんとしたような、何かを練ったような、プチプチしたような、ちょっとザラッとしたような食感が、大豆の香りと一緒になって、口の中に広がります。スーパーで日々並んでいるものは、その食感に近いものの大豆の香りがにわかに欠けます。小さい家族向けのミニマムサイズのパック売りもあります。大きさ的にはいいのですが、消費期限のサイトが長いことと、食してみると豆腐というよりはプリンのようで、豆腐本来の香りや味には程遠いと思います。秋に入り、コンビニでもおでんの季節になります。厚揚げを試みに食べてみてください。叔母が精魂こめて昔つくっていた豆腐屋の味の記憶をたどると、やはりプリンのようです。
 いい豆腐はおいしいが高めだし、日持ちがしません。ということは、そうでないものは、保存を維持するための工夫がされていると考えるべきなのです。本来腐っていくはずのものが、そうならないということは、経済的にはコストがかからないことにはなりますが、からだにはあまり好ましいことではないと考えています。このあたりのお話は、藤田先生の本に詳しく書いてあり、まったく同感です。安いことがいいことだとし、からだへの影響についてあまり関心をもたない風潮が危険ではないかと思うのです。摂取しなければならない食事のコストは下げ、お粉や錠剤になった栄養剤にはお金を惜しみなくつかうのも、どうかと思います。
 ブログにその日に召し上がったものをアップされる方は大勢いらっしゃいます。「たいして書くこともないから食いモンのことを載せるんだろう」と思われるのが嫌だったので、わたしは、食についてはさほど取り上げてきませんでした。食生活がしっかりしていないと、いいしごと、勉強、運動ができないし、からだを維持できなくなります。だんだん、生活が乱れ、運気が遠のいていきます。先の、東日本大震災で学んだことのひとつは、「災害時に食糧を確保し、提供できる環境をいかにつくるか」だったと思います。それだけではありません。あらゆるイベントが自粛となり、ひとが集まらないことは、食がはけない。よって農家さんだけでなく飲食・卸・物流・サービスなど・・・すべてに携わる私たちが一時的とはいえ、大打撃を受けたことは、大きな教訓となりました。食について考えることは、とても大切なのです。
 昨今になって、お米のとぎ方がわからなかったり、自炊ができない方が非常に多いのを知りました。こんなことではいけない・・・。健やかにすごせるよう、食についておはなししていきたいと思います。